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「無事の声」

今回のように、肉親が住んでいる地域が地震の被害にあってみて、初めてわかることって、いくつかあるんですね。
今までは、世界の、あるいは、日本のどこかで大きな被害が出ていても、「大変だなあ」「かわいそうに・・・」とは思うものの、失礼なことだけど、やっぱり、どこか、ひとごとっていうか、冷静な目で見てたんだと思う。でも、今度は、やっぱり、身内がいたから、ちょっとちょっと!ってニュースを見る目が違う。
幸い、姉が、早い時間に無事を知らせる連絡をしてくれたので、多くの人がそうだったように、「連絡がとれない!」と大騒動することはなかったけど、それでもやっぱり、報道を見ているだけでは歯がゆい部分がたくさんあった。
まず、ニュースや新聞では、「ここが被害にあった。」「ここが大変なことになっている」ということは言うんだけど、「ここは大丈夫」っていう情報が極端に少ない。もちろん、被災者だってそう。この地域の住民が20人、行方不明、っていう報道はあるけど、この地域の住民、この人とこの人と、この人・・・270人、は、全員無事でした、って1つ1つの地域の無事を報じてくれるわけはないので、こっちは不安だよねえ。「無事だ」ってことを知りたいのに、無事な人のことは報じられないもん。
それは、もちろん、テレビや新聞というメディアの性格からいって、この先も難しい問題だと思うんだよね。行方不明者や死者を発表した方が、その被災者の家族や遺族のためにも要領いいし、時間も節約できる。それにそもそも、行政やマスコミが、いちいち点呼をとる事もできない。そういうきめこまかいことができるとしたら、それは本人たちのみ。その地域の、普段からの防犯意識、訓練に頼るしかない。そして、後は、携帯電話をつかった緊急連絡とか、被災者用の伝言ダイヤルを上手く使うとか、これもやっぱり普段からの意識の問題だよね。
色々考えさせられました。でも、悲しいかな、喉元過ぎれば熱さも忘れちゃうのが人間。いやいや、無事だと、喉元過ぎるまでももたないで忘れちゃう、というか、考えもしない。家族で、いざというときのための話し合いをするわけでもなく、、「ゴーゴーファイブショー」とか行って遊んでばかり・・・。いけないね・・・。
みなさんは、何か考えてますか?

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